浜松のバイク屋さん

街角のバイク屋さんの平凡な日々。ご近所のおばちゃんのスクーターのパンクを修理したら代車のお礼にみかんをもらって喜んでいたりします(^^)

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ホンダのF1撤退

ホンダのF1撤退が発表された、
決定事項で変更はない。


少々残念に思う、
正直、悲しい、、、。

F1は、昔から見ているだけで、
一人のファンとして楽しんでいた。


F1だけは、特別に思う、
GTカーや、フォーミュラーカーとも全く違う、
やはりF1は、特別な存在だった。

地球上で、一番速く走る車、
一番速く走るために開発されていた車である。

先日のもてぎで、ジェイソンバトンが降りしきる雨の中、
多くの観客の中でデモランをしていた、私も雨に濡れながらピットの上から見ていた、
その走り、そのエキゾーストは、いま思い出すと少々悲しく思える。

去年は、ヘアピンの内側で見ていた、
ステアリング操作が見えた、と、思ったら視界から消えていた。
とてつもない減速、加速をするマシンだった。

そしてコントロールしているドライバーに驚いた、
物凄い集中力と、感性だと思った、
地球上で一握りの人間しか参加できないのもうなずける。

何年も前に見た時は、鈴鹿のテスト中だった、
かなり離れて見ていたが、
その存在感は、圧倒的だった。


私たちの世代では、
ホンダのF1撤退は、二回目である。


前の時と同じ事を思う、

また、がんばって復帰しようね。


ネルガルは、
小さくとも、ホンダ販売店の端くれです、
ホンダのF1復帰を願い、
また、がんばって行こうと思う。



二十年以上前になるが、
偶然にも、スズキの鈴木修社長と浜松の街で席を同じに話をした事がある。

若造だった私と話しをする中でも真剣で、
「1ドル100円を切る時代が来る」と言っていた、
数年後に1ドル100円をかなり下回った。

スズキは、円相場の上下を読み前々から準備していた、
経営者としての先見の明である。


十年以上前になるが、
ヤマハの創設者の川上源一邸に仕事でお邪魔した事がある、
残念ながら直接お話しする事はなかった。

門をくぐり、広い敷地の中を延々車で進む、
見えてきた自宅は、思ったよりは小さく正直驚いた、
静かで清潔感があり、思ったよりは質素だった。

まあ、それでも、調度品の一つ一つは、
私の年収や、ネルガルの年商よりは高いのでしょう。(^^)


ひとつの時代を築き上げる人と接する事が出来たのは、
私の人生の中でも勉強になり、励みにもなっている。


その中で、本田宗一郎氏との接点は全く無い、
まあ、私のような下っ端からしてみれば、
雲の上の人ですからねぇ、、、。

ホンダのマシンを使ってレースに挑む時は、
ちょっとだけ空を見上げて願う、

「宗一郎、俺たちに力を貸してくれ」

その願いは、通じているのか、通じていないのか、
レースの結果は、良い時もあり、悪い時もある。

レースが終わった後は、いつも思う、
一生懸命にがんばるライダーに恵まれているゆえに、
成績が良く、結果が残せたとしても、
もっと良いエンジン、もっと良いマシンを組上げしなければいけない、

「俺は、まだまだダメだなぁ、、、」

と、思ってしまう。


それは、宗一郎氏に、

「まだまだダメだな、もっとがんばれ」

と、激励されている気持ちにもなる、

そして、また、がんばれる。





本田宗一郎、

今では、本当に雲の上の人になってしまった。


それでも、いつかは、私もそこに行く、

チャンスがあったら、お会いして、お話をしてみたい。


その時に、

「私は、私なりにがんばりました」

そう言いたい、

そう言えるようになりたい。


だから、

今まで、がんばってきた、

これからも、がんばって行きたいと思う。



がんばろうぜ、ホンダ、

今は悲しくとも、今回の判断は間違っていなかったと、

きっと、この先に言ってもらえる日がくるよ。



がんばろうぜ、ホンダ、

また、宗一郎氏に自慢話が出来るようになろうぜ。




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